こまつ座公演の「マンザナ、わが町」という演劇を観てきました。
作は井上ひさし氏。同氏は九条の会の発起人の1人で、憲法を守ること、そして自由と民主主義を大切にしている方です。
九条の会の呼びかけ人は、同氏の他に三木睦子氏(自民党きっての人権派、三木武夫元首相の妻)、大江健三郎氏(ノーベル賞作家)、小田実氏(ベ平連などで反戦活動をした作家)、澤地久枝氏(ノンフィクション作家)、奥平康弘氏(憲法学者)、加藤周一氏(評論家)、鶴見俊輔氏(哲学者、大衆文化研究者)、梅原猛氏(哲学者、宗教学者)の各氏です。九条の会ですから、9人になったのでしょうね。
いずれの方々も分野は違え、日本の知識人を代表とする方です。現在では、多くの方が亡くなられ、御存命なのは大江健三郎氏、澤地久枝氏、梅原猛氏だけとなりました。
亡くなられた方々の思を感じながら、憲法を守っていかなければと思っています。
さて、劇の内容ですが、アメリカ、カリフォルニア州にある砂漠に近いマンザナという町に1942年春に作られたマンザナ日本人強制収容所が舞台、そこに集められた日本人を主人公とする物語です。登場人物は、収容所の1室で起居する女性ばかり5人。1人は一世ですから、アメリカ国籍はありませんが、3人は二世で日系アメリカ人、もう1人は実は中国人ですが、アメリカ国務省(ここが収容所を管理していたようです。)のスパイのようなもので、日系二世になりすまして日本人の民族性を探るべく室に入りこんできます。
なぜ、日本人の民族性を探ることにしたかというと、これまでのアメリカの日本人観に狂いが生じたからです。これまで、日本人は黄色人種に対しては強腰に出るが、白人に対して弱く、いつも媚びへつらっている、従って中国などのアジア諸国に戦争を仕掛けても、アメリカに戦いを挑むことは絶対にないと思っていた、しかし、真珠湾攻撃を仕掛けてきた。それが全く解せない、そこで日本人の民族性を探ってみようというわけです。
この物語は、収容所長がマンザナ日本人収容所は強制収容所ではなく、日本人が自発的に集まって町を作り、日本人の自治によって運営されているということを示すために、収容所のイヴェントで収容者による、そのような内容の劇の上演を命じ、台本が渡されるということから始まります。このストーリーはいかにも自由と民主主義を大切にするアメリカという国の基本的な形ですね。アメリカには強制収容などということはないというプロパガンダを示したかったのでしょう。
紙面の関係上、物語の内容の詳細は省きますが、最大のクライマックスは、収容者の中の1人でスタンフォード大学出身の社会科学系の研究者がフランクリン・ルーズベルト大統領(因みに、日露戦争の講和を斡旋したのはテオドール・ルーズベルト)あてに出した抗議の手紙が読み上げられるシーンでした。
その内容は、「日本人とはいえ、アメリカ国籍を有する市民の財産を没収し、身柄拘束状態にするのはアメリカという国が最も大切にしている、自由、民主主義と相反します。ユダヤ人をそのようにしているヒットラーと同じで、ルーズベルトとヒットラーには同じ血が流れています。」「ヒットラーの心には、悪魔が棲んでいますが、あなたの心も同じです。」「もっとも、私の祖国も今や同じような状態となっていますが。」「アメリカでは移民は東海岸から始まりましたが、西に夢や黄金があると思い、西へ西へと進んで遂に西海岸に達しました。しかし、それでも満足せず、海を越えてアジアに向かいました。」「それに負けじと私の祖国も西へ進出しようとしました。」「この両国がそこで衝突したのが、今回の戦争です。」というものでした。戦争の愚かさを訴える手紙ですね。
この劇では、上述の研究者による次のような趣旨のセリフもありました。「地球は、1つのおじやの鍋のようなもの。そのなかには色々な具が入っていて、アメリカも1つの具、日本も1つの具、そのほか色々な具が入っている。」
そしてこの劇のラストでは、色が美しい。黄色(日本人を指しています。)は稲田の色、玉子焼きの色、沢あんの色で美しい。赤(これはアメリカ先住民のインディアンを指しています。)も夕陽や紅葉が美しい。黒や褐色も美しいし、白も美しい。地球の水から出来ているすべての色は美しいと登場人物が口々に叫び、あらゆる人種はみな同じで民族対立は愚かであると訴えて幕を閉じました。このような考え方は、ジョン・レノンの「イマジン」という歌にも表されていますね。そして、エピローグとして、財産を没収され、強制的に収容された日系人に対し、賠償金の支払いなど権利救済されたが、46年も後のことで、その間に多くの方が亡くなったことが語られました。
とても素晴らしい劇でした。
この劇は、重いテーマを扱っていますが、井上ひさし氏の戯曲のスタイルは、「難しいものを分かりやすく、やさしいことを深く、深いことを面白く、面白いことを真面目に、真面目なことを愉快に、そして愉快なことはあくまでも愉快に」ですから、歌あり踊りありの喜劇調でした。狂言回しの一世役、熊谷真実の演技と二世役のミュージカル女優、笹本玲奈の歌唱がとても素晴らしかったです。
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