今回も映画のおはなし。
黒澤明監督の作品の映像はとてもリアルですね。
あまりリアルすぎて、時に毒々しくさえ感じることがあります。
「用心棒」での三船俊郎と仲代達也の対決シーンでは、その背後に巻き上がる砂塵、行き交う仲代達也扮するヤクザの子分たちの動き、「隠し砦の三悪人」では、三船敏郎が馬上で刀を振りかざし疾走するシーン、「赤ひげ」での香川京子の怪しい姿態、「天国と地獄」での麻薬患者がうごめく中での山崎務のサングラスをかけて相手をにらむシーン、「乱」での戦闘シーンなど、数限りなくあります。
それでは、どうして黒澤作品の映像はリアリティにあふれているのでしょうか。
その答えは、「パンフォーカス」にあります。「パンフォーカス」という撮影技法は、撮影の場に多くのカメラを構え、同時に複数の映像を撮影するものです。
人間の目は、近くも遠くも同じように鮮明に見えますが、カメラだと近くにフォーカスを当てますと、遠くがぼけてしまいます。
その逆も同様です。この落差を利用した映像もありますが(特に静止画では多いですね。)、人間の見え方と違いますから、そこに不自然な面、リアリティを欠く面が出てきます。
そこで黒澤明氏は、カメラを何台も用意して撮影することにしました。近くにフォーカスを当てるカメラ、遠くに当てるカメラ、中間に当てるカメラです。何台用意されたかは分かりませんが、2台や3台ではないような気がします。そして、それぞれ出来上がる映像を1つの映像にまとめるのですね。この「パンフォーカス」の撮影では、カメラの数に応じた照明を用意する必要がありますから、現場はとても暑かったそうです。製作費も多くかかったのでしょうね。
黒澤作品は数多くありますが、カラー作品は7作しかありません。カラーでパンフォーカスをやると製作費がさらにかかることからカラー作品は少なかったのでしょうが、これらのうちのいくつかは、海外の資金参加のもと製作されています。
黒澤作品は社会の様々な問題に切り込み、それを深くえぐるのが特徴です。この点は、家族を描く小津安二郎監督、男女をとりあげる成瀬巳喜男監督の作品と大いに異なるところですね。黒澤作品はそれでいて極めて娯楽性が高いですから、黒澤明氏は天才としか言いようがありません。アメリカの映画監督のジョージ・ルーカス、フランシス・フォード・コッポラ、スティーヴン・スピルバーグは黒澤明氏に心酔していて、後年の同氏の作品は彼らの資金を含めた援助があったようです。
彼らは自らの作品に黒澤明氏の映像の作り方や撮影技法を取り入れています。
ジョージ・ルーカスの「スターウォーズ」は、「隠し砦の三悪人」を参考にしたと言われていますし、フランシス・フォード・コッポラの「ゴッドファーザー」の冒頭の結婚式シーンは、「悪い奴ほどよく眠る」の冒頭シーンを模したと言われています。スティーヴン・スピルバーグの「プライベートライアン」でのノルマンディ上陸の戦闘シーンは「乱」の戦闘シーンを彷彿させますし、白黒映画の「シンドラーのリスト」のなかで少女が歩くシーンの少女のみ色を付けた映像は「天国と地獄」でのカバンが焼却炉の中で燃えるときに出るピンク色の煙と一緒です。因みに、フランスの映画監督でヌーヴェルヴァーグの旗手といわれたジャン=リュック・ゴダールは、小津安二郎監督を敬愛していたとのことです。
黒澤明氏は、若いころは画家を志していましたから、出演者に、映画のイメージを示すために描く絵、これを「絵コンテ」といいますが、とても綺麗です。ですから、同氏は早くからカラー作品を撮りたかったと思われます。日本ではじめてのカラー作品は、1951年に製作された木下惠介監督、高峰秀子主演の「カルメン故郷に帰る」です。(因みに、アメリカのカラー大作「風と共に去りぬ」は、それより10年以上前の1939年の製作です。この映画は、1952年まで日本で公開されませんでしたが、その理由はこんな映画を作る国と戦争したのでは負けると日本人が思うことを懸念したのだという説があります。)
しかし、この映画はあまり高い評価を受けませんでした。
色の出方が今ひとつだったからのようです。
これを機に日本映画界は美しいカラー作品を作ることに心血を注ぐことになります。国策に近いような状況になり、当時の通産省の技官が映画会社に出向したそうです。
次に、製作されたカラー作品が「地獄門」。菊池寛原作、衣笠貞之助監督、長谷川一夫、京マチ子の主演です。フジフィルムでの撮影はやめて、イーストマン、コダック社のフィルムを使いましたが、これが大成功、美しい平安絵巻の映画となりました。海外の映画監督から、これぞ日本の美と高く評価され、1953年、カンヌ国際映画祭でパルムドール賞の栄誉に輝きました。以来、しばらくの間、イーストマンカラーが映画の主流となりました。この映画や、その前の白黒作品ではありますが、「羅生門」(芥川龍之介原作)(この作品は、黒澤作品で主演は三船敏郎と京マチ子。1950年のベネチア国際映画祭で金獅子賞を取っています。)など、このころの日本映画の海外での評価は高かったですね。しかし、最近の日本の映画監督は、小粒になりましたね。海外である程度は評価されますが、圧倒的なものとはなっていません。
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