放送倫理検証委員会とは、放送倫理・番組向上機構(略してBPOと呼ばれています。)の第三者機関です。
この検証委員会は昨年秋、NHKが毎週月曜日から木曜日の夜7時30分に放映している「クローズアップ現代」の、やらせ問題について意見書を公表いたしました。
やらせ問題そのものについての検証委員会の意見は特に問題ありませんが、この問題に関連してなされた政府、自民党の対応、及び意見書に対するその後の政府発言には深い問題が潜んでいます。
検証委員会はこの意見書のなかで、政府の行政指導と政権与党自民党による事情聴取を「圧力そのもの」と批判しています。
自民党のこのような事情聴取はNHKだけでなく、「報道ステーション」のテレビ朝日にまで及んでいます。
検証委員会のこの意見書に対して政府は、放送法4条1項を持ち出し、これに違反している報道については行政指導ができるから、それを行ったのだと主張しています。
放送法4条1項は、放送事業者に放送番組の編集についていくつかの定め(準則)を示しており、その1つに「政治的に公平であること」があります。
政府の見解は、この規定は法規範であり、それへの違反が認められる場合には、行政指導をするというもののようです。
検証委員会は、この規定は放送局が自らを律するための努力目標、倫理規範にすぎない、従って、仮にこの規定に違反する疑いがあったとしても行政指導が認められる余地はないとの見解をとっています。
この問題についての法学界の通説は後者であり、政府も1950年放送法を制定する際の国会答弁で放送法4条1項の準則は努力規定と答弁しています。
ところがどうしたことか、現政府は何の根拠もなく、又、学説に反してこの規定は法規範であると強弁しています。倫理規範というのが法学界での通説であるとの意見に対しては、法規範性を有するという学者もいると言ってこれをかわしています。
これと同じようなことが前にもありましたよね。憲法学者が何と言おうとこれまでの政府の見解がどうであろうと、集団的自衛権の行使は憲法9条の容認するところであると強弁する態度です。時の政権によって解釈が変わるというのは誠に困ったもので、法の支配の否定と言わざるを得ません。
ここで少し見方を変え、放送事業者、いわゆるメディアの役割、責任と政府との関係について考えてみたいと思います。
まずメディアの役割は、政権の監視にあるということです。
憲法は、政府が国民の権利を害することをしないよう様々な規定を定めて行政をチェックしているわけですが、メディアにも同様の役割が求められています。
確かに、放送法4条1項が定めているように放送事業者は政治的に公平であるよう努力しなければなりませんが、この規定は権力から干渉されることのない自律的なものです。従って、政府がこれに違反しているとして行政指導できるようでは、政府に都合の悪い内容の放送はできなくなり、メディアの役割は果たせなくなります。つまり、放送は政府の都合の良いことだけを流す御用放送となってしまうのです。
自民党は一昨年末の総選挙の前に在京テレビ各局に選挙の報道の公平、中立を求める旨の要請書を出しましたが、このことも根は同じだと思います。
アメリカにもBPOと同じような機関があって、かつてはそこに公平性が求められる規定があったようですが、この規定は近年事実上廃止されたそうです。公平性を求めるよりも、報道の自由を求めた方が、国民にとって利益が大きいと考えたのでしょうね。
ニューヨークに本部がある「ヒューマンライツウォッチ」という人権監視団体がありますが、この「ウォッチ」(これは監視という意味です。)こそが、メディアに求められています。
NHKの「ニュースウォッチ9」という報道番組がありますが、このウォッチも同じ意味ですね。しかし最近のこの番組はほとんどウォッチしていないように思います。メインキャスターが大越健介氏のころはまだよかったのですが、彼が降板した後はウォッチをしなくなったように思います。会長の籾井勝人氏は今でも自民党から事情聴取に呼ばれたら出て行くと公言しているわけですから、期待するのはおよそ無理でしょう。
私はこの報道番組を「ニュースノンウォッチ9」と呼んで今では見ないことにしています。
NHKに限らず、民放各社も政府や自民党に呼び出されても、憲法上の権利である表現の自由を守るため、これに応じないという確固たる決意を持ち、毅然とした姿勢を示してもらいたいものです。最近、政府に批判的な意見をきちんと主張するキャスターが次々に番組から降板しています。気になるところです。
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