日本人の政治意識を考えるとき、明治維新というものを検証しておく必要があるように思います。
この明治維新とは何だったのでしょうか。倒幕と新政府の樹立は「維新」という言葉であらわされていますが、庶民は「維新」とは言わず「御一新」と言っていました。このことは、幕末から明治にかけての庶民を主人公にした小説や戯曲に「御一新」というセリフが出てくることからも言えます。
それではなぜ「維新」という言葉が使われたのでしょうか。
「維新」は中国の春秋時代の漢詩集「詩経」のなかで使われていた言葉です。「維(こ)れ新(あらた)なり」と訳するようです。「雅び言葉」ですね。
明治維新には、朝廷も少なからず関わっていましたから、そのなかの誰かが使うことに決めたのかもしれません。又、幕末の水戸藩の国学者、藤田東湖(この人は、安政の大地震の折、江戸屋敷で亡くなっています。その父も有名な国学者、藤田幽谷、子は天狗党に参加し幕府に処刑された藤田小四郎。)が藩政改革を訴えたときに使っているようですから、これから取ったのかもしれません。
この「維新」という用語からも明治維新は庶民によって行われたのではないことがわかります。明治維新は庶民が主役ではなく支配階級である武家のなかでの権力闘争だったのでした。
ですから、明治維新は庶民(当時は民、百姓といわれていたのでしょう。)のためになされたわけではありませんでした。
このようにして成立した新政府が目指したものは、欧米列強と対等に戦えるだけの力をつけることにありました。具体的には、重工業の育成と軍備強化。
又、新政府の要人たちは欧米に赴き、国の仕組みや社会制度も学び、西欧思想に基づく立憲政治を導入しましたが、残念ながら庶民を主役とは考えませんでした。
多くの町民を路頭に迷わせた幕末の禁門の変(蛤御門の変)における長州藩の京都焼き討ちなどは、庶民なんか二の次という発想の典型でしょう。
そういうわけですから、新政府は欧米に学ぶべき真の意味での国民主権や民主主義を国に根付かせることを考えなかったようです。ハードは導入しても、ソフトの導入はしなかったのですね。
明治政府は見事に目標を達成させました。重厚長大産業は世界に肩を並べるだけの立派なものになりましたし、軍備も整備できました。日清、日露戦争にも勝利しました。もっとも、日露戦争勝利の実体は欧米の力の均衡化における抜群のタイミングによる講和によるもので、戦争を続けていたら国は滅んでいたかもしれません。(因みに、日露戦争終結のためハーバード大学ロースクールの同窓生としてアメリカのルーズベルト大統領に働きかけ、講和を斡旋した金子堅太郎、ヨーロッパで諜報活動を行ったりロシア革命派に資金提供を行って国内を攪乱させ、戦争終結に一役買った武官、明石元二郎、開戦当時ロシア公使として宣戦布告状をロシアに渡した栗野慎一郎、ポーツマス講和会議に小村壽太郎全権に随行した山座円次郎はいずれも福岡、修猷館の出身です。)
いずれにしても、日露戦争は列強とその仲間に入りたい野望を持っている国、日本との戦いですから、安倍総理の戦後70年談話での「日露戦争は、植民地支配のもとにあった多くのアジア、アフリカの人々を勇気づけました。」との表現は的外れですね。
これらの戦争のために多くの税金が使われたことから、庶民の暮らしは一向に良くなりませんでした。
政府として次にしなければならないことは、庶民を啓発し、人権や民主主義の考えを理解させ、植えつけることだったのですが、政府はそれを行わず、逆に帝国主義に走りましたから、それを推し進めるのに邪魔な批判の声を上げた人を徹底的に弾圧しました。その典型的な例が大正末から昭和初期にかけて行った大杉栄と小林多喜二の虐殺です。
この2つの虐殺は、前者は映画化(1970年頃の松竹映画の「エロス+虐殺」、監督は吉田喜重、主演女優は岡田茉莉子)、後者は戯曲化(井上ひさしの遺作の「組曲虐殺」)されています。因みに、大杉栄と一緒に殺された伊藤野枝、この人は、平塚らいてうの後を継いで雑誌「青鞜」の編集長だった人ですが、福岡、今宿の出身、「組曲虐殺」で小林多喜二役を演じたミュージカル俳優の井上芳雄さんは福岡市出身(そのお父さんは私と中学・高校の同級生で親友)です。
このように明治政府は、ハードは充実させましたがソフトの導入をあえてほとんどしませんでした。これが「明治維新の忘れもの」であり、このことは今でも尾を引いていると思います。
極端な言い方をしますと、日本人の大半の意識構造は未だに権力者には逆らわないという江戸時代のままと言えるでしょう。
この「明治維新の忘れもの」は太平洋戦争を止められなかった要因にもなっています。又、昨今の政治状況もこのことと無関係ではないように思われます。
それにしても、政党名に「維新」をつけた人は「維新」が意味するところをどのように理解していたのでしょうか、聞いてみたいものです。
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