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2017/10/13 | 弁護士松坂徹也のコラム(27)「事件解決への旅」 |
事件解決の旅 私達弁護士は法律問題をかかえている方から相談を受けたり、その解決について事件として委任を受けたりします。そして事件解決のために訴訟を提起することもあります。 訴訟となった場合、相手方も弁護士に依頼しますし、舞台が裁判所となるわけですから裁判官も出てまいります。事件解決へ向けて双方弁護士と裁判官がこれに関与していくことになります。 私はこれまで弁護士としてこの仕事に携わってきたのですが、そもそも裁判はどうあるべきか、弁護士、裁判官は事件の解決へ向けてどのように立ち向かっていくべきか、着地点をどこに求めるか等についてなかなか明確な答えが出せませんでした。 とても難しい問題ですし、事件は多種多様ですから、又裁判とは人間のいとなみを扱うという面もありますから簡単に正しい答えが出るものではありません。それでも最近になってうっすらと何かが見えてきたような気がします。 それは裁判というのは事件の当事者(原告と被告)、それぞれの代理人弁護士、裁判官が同じ船に乗って事件解決を目的地とする船旅に出るというものではないかということです。 さてこの船旅どのようにして目的地に着くのでしょうか。 まずこの船ですが、裁判所関係者、原告とその代理人弁護士、被告と代理人弁護士、証人となる事件関係者が乗り込み、長い旅に出るわけですから客室がたくさんある大きな船ということになるでしょう。 そして部屋割りは裁判所関係者の部屋、原告関係者の部屋、被告関係者の部屋などに割りふられます。別に法廷あるいは当事者が協議を行う部屋も必要です。 さて船は目的地に向かって航行するわけですから舵をとる人が必要になりますが、それは訴訟指揮をする裁判官の役割ということになるでしょう。事件の当事者はそれぞれの部屋で打合せや協議を行って準備をし、法廷、協議を行う部屋に臨み、ここで議論、協議をします。 同じ船に乗っているとはいえ敵、味方ですから又裁判には戦いの要素がありますからその部屋では厳しいやりとりをします。しかし、洋上航海中ですからどちらも船から降りることはできません。ですからあまりにも激しく対立して航行不能となるような事態は避けなければなりません。又、漂流するわけにはいきませんから必ず事件解決という目的地に着かなければなりません。事案によっては到着までに時間がかかることもありましょうが、あまりかかりすぎますと途中漂流状態となってしまいます。目的地に一直線でたどりつくのが理想的な旅ということになるのでしょうが、だからと言って舵を取る裁判官が性急にエンジン全開にして進めるのも当事者の納得を欠くことになります。裁判官の事件の本質を見抜く洞察力や解決へ導く技倆が問われます。そして弁護士にとって大切なことはこの旅の間、常に依頼者に寄り添い、依頼者の気持ちや意見を尊重すること、しかし事件を客観的に見て冷静な判断を示すよう心がけることではないでしょうか。 私達弁護士や裁判官はこのような点に留意して事件に臨まなければなりません。無事目的地についたとき、すなわち事件が解決したとき関係者皆が充実したいい旅だったと思えることが理想でしょう。 江戸時代にも事件解決の旅がありました。縁切寺がその舞台です。縁切寺ではどうしても夫との離婚を求めたい妻(当時夫からの離婚請求はありましたが嫁いだ妻からの請求は認められていませんでした)が縁切寺に駆け込み、身につけている物を寺に投げ込みます。そしてそれを確認した住職が妻を寺に迎え入れ離婚の是非を審理し調停案のようなものを示すのです。この縁切寺(駆込寺ともいいます)は江戸時代に幕府公認のもので2ヶ所ありました。鎌倉の東慶寺と群馬の満徳寺です。 東慶寺は豊臣秀頼の娘(後に天秀尼と名乗りました)が徳川家康の庇護のもと縁切寺としての特権を守った寺と言われています。この東慶寺での離婚手続のすすめ方ですが、妻の離婚への思いを受けつけた東慶寺はまず夫を呼出します。東慶寺のそばには複数旅館があり、妻が滞在する旅館と夫が滞在する旅館が別々に用意され、双方はそれぞれの旅館で準備を行い主張をまとめます。旅館にはそれを文書にする専門の人がいて、その人の手助けのもと作成された文書が東慶寺に提出されますが、その専門の人は戯作家(今で言うと俗文学作家ということになるのでしょう)などの文筆家があたっていたようです。そして東慶寺より調停案のようなものが当事者に示されますが、調停案には復縁をすすめるものもあれば離婚を促すものもあります。そして示された離婚案を夫が拒否した場合、妻が3年間(足かけ3年ですから実質は2年間ですね)東慶寺にとどまって修業のようなものをすれば離婚の成立となりますし、夫の拒絶が理不尽であれば奉行所、代官によって離婚が強制されることもあります。このときの命令の主文のようなものは3行半で書かれているそうで、三行半の語源はここにあるようです。 東慶寺での離婚の手順は井上ひさしの「東慶寺花だより」という小説それを最近映画化した「駆け込み女と駆け出し男」(監督原田眞人、主演大泉洋)で表わされていますがこの縁切寺での手続は現在の家庭裁判所での離婚調停の原点といえるでしょう。東慶寺での離婚事件の対応も解決への船旅のような気がします。 我々法律家が取り組む事件の解決、いい旅だったねと言えるような終り方をしたいものです。 |