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2017/12/19 | 弁護士松坂徹也のコラム(29)「まれびと」 |
ま れ び と 「まれびと」、あまり聞かない言葉ですね。 これは民俗学者折口信夫が提示した異界からやってくる霊的で、神のような人で人々を祝福したり、悪霊から護ってくれたり、幸福に導いたりする人のことを言うようです。異人とか、海のかなたからやって来ますから漂流民などとも言われているようです。 この「まれびと」を大事にする信仰のようなものは古くからあったようで、古事記や日本書紀、万葉集などにも出でくるようです。 御利益を受ける側の心の世界のことですから具体的なものはなかなか示しにくいですが例えば秋田地方の「なまはげ」もそうなのかもしれません。滅多にやってこないから稀人・まれびとと言うのでしょう。 日本人は古くからこの「まれびと」によって守られているという信仰のようなものを持っていたようです。 今回はこの「まれびと」について考えてみましょう。 まずは映画の話から。 私がこよなく愛している映画に「男はつらいよ」シリーズがありますが、主人公「フーテンの寅」こと車寅次郎こそ「まれびと」だと言えるでしょう。 若い方は御存知ないと思いますがこの映画は1969年から1995年までにかけて全48作が製作、上映されました。 監督は初期作品の何作かを除き山田洋次、主役の車寅次郎を演じるのは全作渥美清です。 車寅次郎(愛称は寅さんですからここでは以下寅さんと言います。)は、東京都葛飾区柴又の帝釈天題経寺の参道に面した、だんご屋に生まれ、中学を中退して家を飛び出し、テキ屋として人生を送る、何とも風変わりな男で自らを渡世人と呼び一箇所に居を構えることはなく日本各地を商売してまわります。 時々思い出したかのように柴又のだんご屋に戻り、しばしの間数少ない家族との生活を送ります。旅先の日本各地で知り合った人達、柴又の家族(妹一家とおじ、おば)との間でまき起こす事件や人とのふれあいが毎回の映画のテーマとなっています。 寅さんはテキ屋ですから気風がいい、しかし短気で、わがままなところがあるからすぐに怒り、だんご屋では暴れまわる。しかしみんなに愛され、慕われ、いなくなると火が消えたようになり淋しがられる。 みんなが忘れたころにひょっこりと帰って来て又みんなを喜ばせる。こんな寅さんの存在はまさに人に福や喜びを与える存在といえるでしょう。 こんな寅さんも外では立派な社会人、旅先で知り合った人の悩みを聞き忠告を与え、我が身を犠牲にしてその人のために働くため感謝されるとともに好かれる。助けられた人達は寅さんから聞いていた実家のだんご屋を訪ねると、たまたま帰っていた寅さんと再会し盛りあがる。寅さんこそ愛や笑いやよろこび、そして癒しを運んでくれます。 この寅さんを描いた山田洋次監督はさすがですが、朝間義隆氏の脚本、高羽哲夫氏の撮影、山本直純氏の音楽がまた素晴らしい。これらが一体となって48作の名画寅さんシリーズが出来あがっています。 この寅さんシリーズは完全な娯楽映画ですから映画コンクール等の賞には無縁で、映画の芸術性を評論する多くの映画評論家の興味の対象ではありませんでした。 ところがこの度文芸評論家、映画評論家の川本三郎氏が『「男はつらいよ」を旅する』という本を書きました。 氏はあまい映画だから評論家としてこれを論じるは恥ずかしいが、と断りつつこの映画の魅力を旅や鉄道の描写、日本各地の昭和の町並みの描写を通じて評価し、寅さんの類いまれな人物像をとらえてこの人こそ「まれびと」だと論じています。 又作家で映画評論家の長部日出男氏は毎月1回毎日新聞に連載している「長部日出男の映画と昭和の私」で寅さんを「まれびと」と評しています。 日本各地をまわる人情深い渡世人で色々な人に喜びを与え、たまに身内のもとに帰ってみんなに愛される寅さんは折口信夫が提示する「まれびと」なのでしょう。 1981年、山田太一という脚本家が書き1988年に映画化された「異人たちとの夏」という作品があります。 この映画の監督は大林宣彦氏、脚色は市川森一氏ですがこの異人とは主人公が小さいころに交通事故で亡くなった両親です。 主人公を演じたのは風間杜夫、両親役は片岡鶴太郎と秋吉久美子ですが、夢の中のような世界に亡両親があらわれこれまで経験できなかった家族との生活を味わうというもので、亡き両親が異人でこれも「まれびと」ということになるのでしょう。 このまれびとと信仰は日本だけではなく外国にもあるようです。 これも映画の話ですが、2000年に製作、上映されたアメリカ映画に「ショコラ」というのがあります。主演はジュリエット・ビノッシュでジョニー・デップも出ています。 舞台はフランスの小さな村、そこに北風の吹く冬のある日シングルマザーの主人公ヴィアンヌは娘とともに突然やって来てチョコレート専門店を開きます。この村は保守的で敬虔なカトリック信者が多いところですから、村人はなかなかこの2人を受け入れてくれません。しかしそのうち色々な種類のおいしいチョコレート、温かいホットチョコレートに魅せられ徐々に村人に受け入れられていきます。 そして多くの村人から悩みを打ちあけられたり、相談を持ちかけられたりしますし、解決へ一役買います。又みんなから忌み嫌われていたジプシーとの間に立って和解のようなこともまとめます。 このようなヴィアンヌに対し遂に司祭は「神の神性よりも人間性を語りましょう。否定するのではなく、何を受け入れるかが重要ではないか」と説くようになりました。ヴィアンヌはそれ以降もこの村でおいしいチョコレートを提供しみんなに愛されて生活していきます。 このヴィアンヌも「まれびと」ではないでしょうか。 「まれびと」は神ではありませんがとても崇高な心の持主です。 ですからお金を稼ぐということに興味や関心はありませんし、いつも貧乏です。寅さんはいつも妹のさくらにお金を借りています。 人間の価値や生きるよろこびはお金ではないということを教えられているような気がします。 そういう意味では芸術家も「まれびと」でしょう。 芸術家は常に美意識を持ちながら技術をみがき、その道をきわめ人間の心をゆさぶったり、感性にうったえたりするのですからお金には無縁です。 それでも芸術を追究していくその崇高な姿には頭が下がります。
※「男はつらいよ」シリーズの最後の作品は1995年製作ですから、それから22年が経過していますが、今でも多くのファンがいます。毎週土曜の夜6時30分のBSジャパン「土曜はやっぱり寅さん!」という番組でエンドレスに放映しています。48作ですから丁度1年で全作品が放映できることになっています。 |